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戦闘機が戦車を連れてきた話 [思ひ出ぽろぽろ]

前回、プラモデルのコンクールで賞をもらった記事を書きました。

関連記事:
 2022/06/11 『戦闘機がF1を連れてきた話

実は、もう一つ賞をもらったことがありまして。
今度は学校の近くのおもちゃ屋さんではなく、電車で1時間ほど離れた、県で2番目に大きな市。当時のワタシ、田舎の高校生にしてみれば超絶大都会!にあるおもちゃ屋さん(今も現存)でのお話です。

このおもちゃ屋さんは県内でも有名なお店で、結構マニアの方も出入りしているようなところでした。なので品ぞろえも豊富で、海外メーカーのモデルなども置いていたんですね。たまにはそんな珍しいモデルも作ってみたいと思い、物色しに行ったわけです。

その店でたまたま、ある張り紙を見つけました。それは県主催のプラモデルコンテスト開催のお知らせでした。ちょうど例の日模賞をいただいて鼻高々だったワタシ。その場で参加を決めました。
ただ、なんせ電車で1時間もかかる片田舎です。前回のように、あまり大型のモデルでは運ぶのに無理があるので、ある程度持ち運びに支障のない大きさのものにしようと思いました。

su-27.jpg
Revell 1/27 Su-27 SM Flanker
(画像はお借りしました)


レベル社はドイツのメーカーですが、ハセガワが輸入代理店となっています。ワタシ的には、たぶん初めての海外キットでした。

Su-27と言えば、最近ではウクライナ空軍のデジタル迷彩が有名ですが、当時はそんな迷彩はありませんので、ロシア空軍の通常の迷彩塗装でした。
サイズがサイズなので、単純にマスキングして普通に塗り分けても良かったのですけど、前々からやってみたかった、ぼかし塗装にチャレンジしました。
とは言え、当時はエアブラシなんてもんは超高級品。一介の田舎高校生が買えるような代物ではありません。それでどうしたのかというと…。

少しばかり浮かせたマスキングの上から、塗料をつけた歯ブラシをしごいて、なんちゃってぼかし迷彩にしたんです。ほとんどが周りに飛び散って、大変なことになりました。
しかしこれが思いのほか良い出来で、出展する時におもちゃ屋さんに見せたら、エアブラシじゃないの?って、ビックリしていました。
結構イイ線行くかも?なんて思っていましたが、結果はこのとおり。

IMG_8289.JPG

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残念ながら「地区予選大会入賞」止まりと相成りました。
まあ今となって考えると、所詮なんちゃってぼかし塗装です。それくらいがせいぜいだったのでしょうね。
それでも、この時も副賞が付きました。

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『タミヤ 1/35 日本陸軍一式砲戦車』
(画像はお借りしました)


上の画像は歩兵6体付きですが、当時のキットは車両のみだった気がします。
それにしても、さすがは我らがタミヤ製。ディティールも細かく、エッジもシャープで、今思い出しても素晴らしいキットでした。
ミリタリー好きなワタシは、さっそく徹夜して作ったものでした。

迷彩は筆塗りでしたけど、半世紀前の当時としてはまだまだ珍しかった、ウェザリングにチャレンジしてみました。オイルのにじみ、泥汚れ、サビなど、細かく表現して、これがまた素晴らしい出来(自画自賛)。
たぶんこの一式砲戦車がワタシの最後の模型作品。それも、かなり満足のいく仕上がりだった作品でした。
今度コンクールがあったらコレを出してみよう!なんて目論んでいましたが、じきに忘れて、それっきりになってしまいました。

これら作品群は、その15年後には、自宅の建て替えのどさくさで、たぶん捨ててしまったと思います。今思えば、もったいなかったなー。
いやでも、もしかすると、家のどこかに眠っているかもしれませんが。
(探す気、まるでなしw)


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戦闘機がF1を連れてきた話 [思ひ出ぽろぽろ]

ある一定の年齢層の方に「思い出に残る革新的なF1は?」と聞いたら、おそらくトップに上がるのは、タイレルP34でしょう。たいれるえふわん、とか、たいれるろくりん、などとも呼ばれます。
1999年まで存在していたこのイギリスのコンストラクターは、今ではだいたい皆さん「ティレル」と呼ぶのが普通なのですが、このP34についてはおそらくほとんどの方が「タイレル」と呼ぶのではないでしょうか。
「タイレル」はアメリカ読みです。この車体が日本GPを走った際に、ボディにひらがなで「たいれる」と振り仮名がふられていた(笑)こともあり、P34と言えばタイレル、タイレルと言えばP34と、この呼び名が浸透したいきさつがあります。

さて、世にも珍しいこの6輪のF1ですが、驚くことに、見た目の奇抜さだけではなく、実力もありました。他チームから失笑を受けながら実戦デビューしたものの、その年の第4戦あたりで、もうすでに優勝しています。
模型の世界でもひっぱりだこで、昔から何度もモデル化されてきました。そして今年の夏にもタミヤから再々販されるとのこと。

IMG_8275.PNG
タミヤ 1/12 タイレル P34 シックスホイーラー(エッチングパーツ付き)
(画像はお借りしました)


いやー。懐かしー。
実は、このモデルには思い出があります。
正確には、エッチングパーツなんて付いていない頃の、もっと古い初期のモデルになるのですが。

懐かしさに任せて、思い出を書いておきます。



ワタシがまだ、うら若き高校生だった頃です。
通う学校の最寄駅近くにおもちゃ屋がありました(今も実在)。
ちなみに、この話とは関係ありませんが、そのお店には同じ高校に通う娘さんがいましたね。クラスは違う(そもそも学科が違う)ので同級生と言って良いのか悪いのか。

放課後はいつも、帰りの電車の時間までお店に入り浸っては、プラモデルを物色していました。そんなに頻繁に買えもしないので、いつもは見ているだけで、ほとんど駅の待合室がわりと化していました。
ある時、お年玉か何かを貯めたお金で、ちょっと大きな買い物をしました。当時の金額でも3,000円とか、もっとしたかも。ハセガワの1/32 F-104J/Gスターファイターでした。なぜそれを買おうと思ったかは憶えていませんけど(汗)。

f104j.jpg
ハセガワ 1/32 F-104J/G スターファイター
(画像はお借りしました)



機体長が50cmほどになるので、かなりでかい。操縦席やノーズコーン内のレーダー、尾翼下のジェットエンジンなど、外板パーツをつけるとほとんど見えなくなるのが残念でした。

「作ったら持ってきてよ。店に飾りたいから」

親父さんから、そんなふうに言われました。

F-104Jって機体は、ほとんどシルバー1色なんですが、材質の違いや、熱や腐食を表現したくて、外板を部分的に塗り分けたりして、それなりに凝って作りました。

ワタシが作ったプラモデルを親父さんが見るのは初めて。思いのほか好印象だったようで喜んでもらえました。
その後、何日かはお店のショーウィンドウに飾られてましたが、気が付いたらなくなってて、何だよー折角持ってきたのにーとか思っていると、ある時突然、親父さんに呼ばれました。

「あんまり出来が良かったから、コンテストに出展してみたんだよー」

なんだーそうだったのかー。なんて思っていたら、親父さんから衝撃的な言葉が。

「賞を貰ったんで、持って行ってよ」

ビックリです。
その時のトロフィーは今もあります。
裸で飾ってたので、リボンがすっかり褪せてます。

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「日模賞」

思ったより大きめなトロフィーでした。
日模(日本模型株式会社)という模型メーカーがあり、その名前を冠した賞でした。現在、模型部門は休止しているようですが、会社自体はまだ存在しているみたいですね。(てか、模型会社なのに模型部門を休止って…)
そして、その時の副賞として貰ったのが、件の「タミヤ 1/12 タイレルP34」だったのです。あーやっと話が戻ってきたー。

20220603235024.png
タミヤ 1/12 タイレル P34 シックスホイーラー(エッチングパーツ付き)
(画像はお借りしました)



ハセガワのモデルを出展して、日模の賞をもらい、副賞がタミヤの製品、という、何?このチグハグさ、節操のなさは?とは思いましたね(笑)。
1/32のF-104Jほどではありませんでしたが、1/12のタイレルP34でも全長30cmくらいになります。それなりに箱がでかくて、学校帰りに持って帰るのには一苦労しました。

思いがけず手に入れた、その副賞ですが、ワタシはどちらかと言うと、ミリタリーモデル派だったため、箱のまましばらく部屋に飾った後、友達が欲しいと言うのであげちゃいました。
そのプラモデルを友達が作ったかどうか…。それは憶えていません。



え?そのお店の娘さん?
いやいやいやいや。何かあるわけないでしょう。
高校三年生になっても、せいぜいがこんなでしたからねw。

関連記事:
 2009/12/07 『唐変木1
 2009/12/08 『唐変木2
 2009/12/09 『唐変木3


プラモデルの思い出。
第二段、てか続き、ありそうな気配よ(笑)。


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真夏日に涼を求めて [車]

梅雨もまだだと言うのに、すでに暑い日が続いています。
そろそろ田植えも一段落しそうな感じです。この時期は、オープンで走ると砂ぼこりが目に入って大変なことになるので、なかなかエスハチを出す機会がありません。
ひと雨来て、道路の泥が洗い流された後の週末。ちょうど天気が良かったので、エスを引っ張り出して近くのお山へドライブなど。

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冬期間の落石の処理がまだのため、いつものルートは未だに通行止めです。
毎年のことなんですけど、春の桜の時期などは、絶景を見れないのがホント残念。
今年はいつごろ解除になるのかなー。
このまま紅葉時期まで引っ張るつもりかもね(泣)。

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たまに天気予報で「7月の陽気です」とか「真夏日でした」なんて報道があったりする今日この頃。
それでも、山道をちょっと登ると、まだまだ残雪がいっぱいです。

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レクサスのレの字はしまむらのし [車]

いやいやいや。
レクサスのエンブレムは「レ」じゃなくて「L」だしw

でもほら、ぴったりじゃね?

レクサスのレの字はしまむらのし400.jpg

(個人の感想です)


本家はこちら
 しまむらさんとレクサスくん


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東京が晴れた日 [育児]

新潟工科大学という大学があります。新潟県内の有力企業が出資して作った私立大学です。その大学の大川秀雄学長の、ある機関誌への寄稿に、こんな一節がありました。


『新潟県人(越後人)とは何か…』

(前略)江戸時代の終わりから明治時代に掛けて、越後の国の人口は全国でトップであった。しかし、角兵衛獅子、今で言うところの子供虐待?で象徴されるように、そこまでして銭を稼がなければならないほど貧乏な国でもあった。
ずっと謎であったが、昔の新潟市郷土資料館館長の池氏のご講演で納得した。
「どんなに記録をあさっても『間引いた記録が出てこない』のが越後の国」だそうだ。「そうか、現金がなくて貧しくとも、命を繋ぐ食べ物はあったのか」と理解した。(後略)


そして学長は、その後も次のように続けます。

今はどうか。人も物も首都圏への供給県となっている。
昔よく言われた。「風呂屋と豆腐屋の多くは越後人」。口数が少なく、まじめでよく働く代名詞であった。

…と。



そうなんです。
その膨大な数の越後人がどこに行ったかというと、ほとんどが関東、特に東京へ流出しています。ワタシも高校を卒業して上京したクチですが、その頃(30数年前)でも実際に東京でよく聞きましたね。

「東京都内で最も多い人種は『新潟県人』なんだよ」

東京で生まれ育った生粋の原住民都民よりも新潟県人が多いと言うのです。
まあ確かに、新潟県人からすると、雪の積もらない東京へのあこがれは半端ありません。毎年毎年、一年の三分の一は雪に閉じ込められる生活。今は融雪が進んでいて、昔ほど生活に支障はありませんが、毎日毎日あの鉛色の雲の下で過ごしていると、関東の晴わたる青空が恨めしく思えてくるのも無理はありません。だから進学と言えば関東の大学を目指すし、就職と言えばみんな上京します。

そうやって一度関東の生活を味わうと、もう雪国に戻りたくないですよね。除雪から解き放たれた新潟県人って、もうそれだけで人生薔薇色なんですよ。ワタシも当時は、できることなら盆暮れ正月すら帰りたくなかったですもん。
かくして、新潟は人口減少に歯止めがかからない、というわけです。


息子もそろそろ進路を考える時期がやってきました。
ワタシも雪や親父が嫌で上京したわけなので、息子にも進学にしろ就職にしろ新潟に縛られることはない、と思っています。自分の思う方向に進めばいいのです。

関連記事:
 2005/01/16 『拝啓 屋根の上から
 2005/01/16 『雪下ろしの音
 2005/01/17 『拝啓 屋根の上から

息子がこれからどんな道を進むのか、まだまだわかりませんが、出来ることなら家を出て知見を広げて欲しいです(以前、半年ほど寮生活して出戻っていますが)。
自分が生まれ育った家を、地域を、外から客観的に眺められる良い機会ですし、その経験は絶対にその後の彼の人生の糧になるはずです。

そのうえで最終的に帰ってくるならそれでもいいし、何なら帰ってこなくてもいい。自分の居場所がそこにあるってことですからね。
今のこの時代。離れていても顔を見ながら話もできるし、時間を気にせずSNSでつながっていられます。
家を継ぐ、とか、親の面倒を、なんてことは、これっぽっちも考えなくていいので、自分の人生を生きてほしいです。

東京新潟物語mini.jpg
(吉乃川酒造)


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修理と平和 [パソコン]

もう3か月も前の話になります。
いや、ことの始まりは半年も前でしたかね。
すっかり記事にするのを忘れてました。


MacBookPro13インチのバッテリー交換を、MacOS本人から薦められていたのでした。
もうずいぶん前から、たとえ電源を切っていても一晩くらいACアダプタを外していると、次に起動しようとした時にバッテリー切れだったり、フル充電表示だったのがわずか数分でエンプティになったりで、かなり末期症状だとは思っていました。
でも普段は自宅で使うだけなので、ACアダプターをつないでいればまったく問題ないし、修理に出すのも面倒だしで、そのまま使っていました。

MacBookPro-battery.png

関連記事:
 2020/08/23 『消えるバッテリー残量
 2020/11/20 『新製品発売のタイミングでやってくるもの、それは故障


そしてその後、別件ですが、娘が大学入学時から使っているMacBook12インチでも不具合がでてきました。納入時にすったもんだしたこのマシンです。

関連記事:
 2018/04/27 『教えたり教えられたり顛末記

昨年あたりから、このMacBook12は音声出力(スピーカー出力もイヤホン出力も)デバイスが認識されなくて、本人とても困ってたんです。折しもリモート授業が全盛期の頃です。困った彼女は画面はMacBook12、音声はiPhoneSE2と、ガジェットを駆使して授業を受けていた様子。
それは大変だろう、何で早く言わないの?って言いながらも、娘の引っ越し準備で行ったり来たりしてる時に時間を見て拝見。OSのアップデートやらPRAMリセットやら、いろいろ試してみるも直りません。
どうにもならず、これは修理だねーってことになった時には、今度は、本人が卒論の作成で忙しくなり、修理に出せずじまい。

お正月が過ぎ、卒論提出が終わるのを待って、ようやく修理に出しました。修理自体はつつがなく進んで、あっという間に直って帰ってきました。ただ後は卒業を待つだけなんで、MaxBook12の出番はなくなっていましたが。
娘のが直ったと思うと、今度は何かワタシも急に羨ましくなって、自分のMacBookPro13も修理に出したくなり、ようやく重い腰を上げたってわけです。

修理費用:
 娘のMacBook12:33,200円(マザーボード交換)
 ワタシのMacBookPro13:20,800円(バッテリー交換)

修理の結果、どちらもばっちり問題なしです。
娘のほうは、卒論が終わってからで、今更ではありますが、今後何かに使う可能性もないわけではないので、まあキチンと直しておいて悪くはないでしょう。いざとなったらワタシが引き取りますので(笑)。

今となってみれば、某ロシアが戦争を始めるギリ前だったので、今みたいに半導体部品の流通が滞ることもなく、スムーズに修理ができて良かったです。あのタイミングを逃していたら、修理がいつになっていたことか。

某中国の新型コロナ→某ロシアの侵略戦争…と、ロクなことがないこのご時世。早く平和で穏やかな世界がくることを願っています。


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千回記念 [今を生きる]

今回の記事は、なんと記念すべき1,000回目の記事となります。
まあ閲覧数などは見るべくもないのですが、一応記念にスクリーンショットを残しておきます。

20220514.png

1000記事のカテゴリー内訳:
blog100記事カテゴリー別記事数グラフ.png

…ということですが。
これで終わるのも何なので、ついでに近況報告などを。

あっという間に過ぎてしまった黄金週間でした。
前半はあまり天気に恵まれず、何だか肌寒かったと思ったら、後半はめっちゃ暑くなり、まるで梅雨を飛び越して一気に真夏になったかのようでした。

久しぶりに緊急事態宣言のない大型連休です。
ワタシは連休初日の土日を使って、娘のアパートに泊まりに行ってきました。
しかし、春から社会人になった娘は、連休なしで土日のみの通常スケジュール。サービス業だからしかたないね。あまり邪魔にならないようにと、土日だけで早々に帰ってきました。
連休後半は天気が良くなったこともあったのか、観光地は激混みのようでしたね。
高速道路も軒並み30kmから40kmの渋滞、とか言ってましたもの。
昔のにぎわいが戻ってきたような感じです。

人出が気になったわけではありませんが、暑かったこともあり、連休後半は自宅でゴロゴロしていました。
本当はこの連休中に、屋根のペンキ塗りとかをやりたいと思っていたのですが、天気が急変したりして、結局はできずじまい。
ほとんど、息子とアマプラでアニメを一気見したりしてました。

何だか連休を無駄遣いした気分。
良いのか悪いのか…。
まあ、たまにはこんな時もあって良いのかな。

連休も終わり、すでに通常業務が始まって1週間も経っています。
いまだに休みボケで、全然エンジンがかかりませんね。
今後しばらくは連休はありませんし、とりあえずは次の週末を楽しみにしています。


せっかくの1,000回の記念に、こんなテンションの下がった記事で申し訳ありません。
まあ、こんなだらけたblogでよければ、今後もお付き合いいただけると、ワタシも励みになります。
よろしくお願いします。


タグ:記念
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鶴の恩返し [ちょっといい話]

道端で弱っていた鶴を助けたお父さんのところに、ある日、鶴が来て言いました。
「お父さん、この前は大変お世話になりました。恩返しに反物をプレゼントしたいので、客間と機織りを貸してください。けれど、決して覗いてはいけません」

しばらくすると、機織りの音が聞こえなくなってしまったので、お父さんは覗いてはいけない部屋の戸を開けてしまいました。
すると、鶴がいなくなっていたばかりか、客間にあった宝物もみんな無くなっていました。
お父さんはビックリ仰天。お母さんを呼んで言いました。
「あれは鶴でなく鷺(サギ)だった」

すぐさまお父さんは家を飛び出して、鶴を追いかけました。
すると行く先の田んぼに、一羽の鳥が死んでいるのを見つけました。
しかしそれは、鶴ではなく鴈(ガン)でした。

がっかりしたお父さんが、自宅に戻り玄関を開けると、家中の荷物がすっかり無くなっていました。
がらんとした部屋の中で一服していると、上のほうで何か物音がします。
天井裏に上がってみると、一羽の鳥が屋根伝いに慣れた足取りで逃げていきました。
鶴かと思ったら、それは鳶(トビ)でした。

今度は階下で物音がします。
お父さんが慌てて天井から降りてみると、ペリカン(引越し便)が荷物をごっそり運んで行くのが見えました。

「泥棒〜!誰か〜捕まえて〜!」
追いかけながらも、お父さんは大きな声で叫び続けました。
しかしその声に気付く人は誰もいません。
お父さんはただ声をカラス(烏)だけでした。

途方に暮れたお父さんでしたが、気がつくと、お母さんまでいなくなってしまいました。
家の近くを探し回ってみたものの、お母さんは見つかりませんでした。
疲れたお父さんは、道端にスワロー(燕)として、はたと気づきました。
どうやら、お母さんを連れていったのは、若い燕(ツバメ)だったようです。

すっかり肩を落としたお父さんが、家に帰ってみると、消し忘れたタバコの火で、家はすっかり焼け落ちていました。
膝を落としてお父さんは言いました。
「くそう、もうタバコはスワン(白鳥)」

そして鶴はいったいどこに?

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(いらすとや)



タグ:バカ話
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Vol.73 僕と真夜中の僕 座キューピーマジック [座キューピーマジック]

座キューピーマジックの公演『Vol.73 僕と真夜中の僕』を観てきました。
新型コロナ後、初めての観劇となります。

さかのぼれば、コロナ直前の2019年12月に観たのが『Vol.71 最後のブラッディマリー』でした。そこから1年半の暗黒時代を経て、2021年5月に『Vol.72 ムーンライト・セレナーデ』でコロナ後復活公演がありましたが、ちょうど緊急事態宣言延長があったこともあり、その時は直前で泣く泣くチケットをキャンセルしたのでした。

関連記事:
 2019/12/03 『Vol.71 最後のブラッディマリー
 2021/06/04 『べきからの生還

それからまたさらに1年の歳月が流れました。ワタシ的にはもう2年半のブランクとなります。宣言もマンボウも出ていない今がチャンス。ワタシだけでなくカミサンも子供たちも、今回は何が何でも観に行く決意を固めていました。
今春から社会人となった娘は、まだ研修中でもあり最後の最後まで微妙でしたが、直前で何とか都合がつき、待ちに待った久しぶりのキューピー観劇はフルメンバーとなりました。
今回は、楽日、楽ステ。ダブルキャストのBパターンでした。

いつものとおり人数が多いので、今回も車での移動です。当日は、劇団の皆さんに差し入れを購入したり、一人暮らしの娘を迎えに行ったりで、少しギリギリのスケジュールでした。
劇場から離れた駐車場に着いた時は、すでに客入れが始まっている時間。慌てながらの会場入りでしたが、最奥席にバラけながらも、何とかみんな着席できました。いやーちょっとヤバかったかも(汗)。

今回の演目『僕と真夜中の僕』は、今までも何回か観ていたような気がしてましたが、blog記事をさかのぼってみると、どうも1回しか観てませんでしたね。それも17年前です。ひーっ!

関連記事:
 2005/04/30 『Vol.43 僕と真夜中の僕

え~そうだっけ?息子のキューピーマジック初観劇って、この演目だとばかり思ってましたが、そうじゃなかったんだ…。
改めて記事を探ると、息子の初観劇は『Vol.54 道化師の森』でした。
人の記憶ってこんなにも曖昧なんですね。いや、ワタシの記憶が、ですか。

さてまたまた長い前置きはこれくらいにして。
以下、ネタバレあります。
ご注意ください。



久しぶりに観るキューピーマジックは、カラカラに乾いた身体に、しみわたるようでした。でも1回くらいじゃ全然足りない。あと5回くらい続けて観たかった。
パンフレットには、リライトで台本が6ページも減ったと書かれてました。あっという間に感じたのは、メリハリがあってテンポが良かっただけでなく、実際に上演時間が短かめだったのかな?それほど、観ていて全然疲れませんでした。

キューピーマジックと言えば、リアルな演技が真骨頂で、つぶやくような台詞が多かったりするのですが、今回は違いました。絶叫芝居か?と思うほど、声を荒げるシーンが多かったです。でもそれが鼻についたり違和感を感じたりということもなく、リアルな感情の爆発を感じましたね。
また、客席に向かって独り言を言うシーンも多かったのですが、なんだろう、いわゆる演劇っぽい独白場面ではなくて、透明なアパートの壁をとおして観ているような感じを受けました。顔や身体は客席に向いていたとしても、台詞は観客に向いているのではなく、目に見えない壁か、あるいは役者自身に向かっていることがわかるんです。それも驚いたことに複数の役者さんで感じました。あまりにリアル。あまりに自然。だから観てるほうは、透明な壁をとおして、部屋をのぞき見しているような気分になるんですね。

舞台は、主人公伸也のアパートの部屋から、一歩も動きません。それなのに、いろんな人が入れ替わり立ち替わりやってきては、様々なトラブルを巻き起こすので、場面転換がないことがまったく気になりません。
今になって考えると、登場人物それぞれの個性が際立っていた、ということもあると思います。脇役なんて誰もいない。みんながみんなそれぞれの人生で主人公を演じ、必死で生きている、魅力的で愛すべき人たちでした。
キャラが立つ、とはこういうことを言うんだなー、と思いました。



久しぶりと言えば、ソワレもまた久しぶり。
本当は、幕が閉じたら速攻で帰らなくてはならないところ。
しかし、そうはキューピーマジックが卸さない(笑)。

息子は劇場を出てから、もうすぐにでも語りたい様子。いや、息子だけでなく、みんな語りたくて語りたくてウズウズ。とても駐車場まで待てません。結局、いつもの茶店で、いつもの反省会(娘いわく、振り返りの会)となりました。
それもソワレだったため長居もできず、ラストオーダーの声で、続きは車の中。何だかんだ言って、みんないつまでもキューピーの余韻に浸りたいのです。


息子は開口一番。
「今回の舞台は、他の誰でもない、オレのための舞台だった!」

確かに、舞台が始まってすぐに、これは子供たち、とりわけ息子に一番刺さるな、って予感がしました。まさしく思ったとおりです。


5年間、役者という夢を追い続けてきたものの、なかなか思うようにいかず、疲れや焦りが積もり積もって、精神的に追い詰められた主人公、伸也。
中学生までは具体的に持っていた夢が、進学と同時に見えなくなってしまい、日々の課題と考査と進路選択に追い詰められている、ウチの息子。
シチュエーションは違えど、崖っぷちさ加減は近いものがあるのかもしれません。

息子「それでも伸也は、追いかける夢があるから羨ましい」

切実な思いが溢れます。
しかし、どうなんだろう?とワタシは考えます。
父親のことが嫌いで、高校卒業から8年間ほど東京で暮らしていたワタシ。その後何だかんだと紆余曲折があって、最終的に実家に戻ることにしたワタシ。伸也と同じように、実家に帰る帰らないで悩んでいた時のことが、今でもはっきりと思い出せます。
そしてそんなワタシは、もっとひねくれた見方をします。

伸也は本当に役者になることが夢なんだろうか。
もしかしたら本当は、実家のしがらみから逃れたいから、口うるさい父親から逃げ出したいから、単に役者になるという夢を口実にしているだけなのではないか。
父親が「今度はどうなんだ?」と詰め寄るシーンでも、煮え切らない態度の伸也。そんなところも、役者を目指すのは口実、と思わせるのです。

「父親は『今度は大丈夫!』『僕は本気なんだ!』という言葉が聞きたかっただけ、伸也の覚悟を確認したかっただけで、本当に連れ戻しに来たわけじゃないと思う」
息子がきっぱりと言いました。

それはワタシもまったく同意見。
だよね。たぶん、嘘でも何でも、覚悟を示せば、父親はそれで納得して帰っていった、と思うのですよ。父親としては、伸也が役者を目指すということが、単なる東京に住むための口実じゃない、と信じたかっただけなんです。
まあそこを上手く言えないところが、伸也の性格なのかもしれません。

「それにしても…」と、息子は続けます。
「何だかんだ言ったって、モテモテじゃん?伸也」

それなっ!
あんなウジウジとした劣等感の塊みたいな男に、周りの女性たちはなんで魅力を感じるのだ?
そこをウチの女性陣(カミサンと娘)に聞いてみました。

娘「うーん、優しそうだし…イケメンだしね(笑)」

でしょうよ。
くそう、イケメン最強かよ!

娘「でも、あんなにみんなが集まってくるほど、居心地が良いってことが魅力なんじゃないかな。本人は気付いていないけど」
カミサン「何だかんだ言って、みんなに好かれているうえに、そもそも大学4年間+5年間の仕送りとか、かなり恵まれてると思うよ」

そうなんです。本人は気付いていないことが多すぎます。
あれだけのみんなに愛されていることに、これっぽっちも気付いていない。周りが全然見えていない。自分のことでいっぱいいっぱいなんで、しょうがないか。おぼっちゃま、だってことですよ。
とか言うワタシも、人のことは言えないのかもしれません。

「周りを良く見ろ。自分がどれほど恵まれているか自覚しろ」

この公演では、ワタシにも、そんなふうにガツンと言われたような気がします。



何か伸也のことだけで、めっちゃ長くなってしまいました。
今回は、登場人物みんながそれぞれに良くて、個々に掘り下げたらきりがありません。

例えば、ワタシとカミサンが疑問だったのが、謎の男(テツヤ)が消えていく際に何故あれほど苦しむのか、ということです。母親に自分が見えることがわかって成仏する、という解釈ではわからない、あの断末魔の苦しみかたには違和感を感じます。
これは17年前に観た公演でも同じ感想でしたね。

ところが。
「あれは成仏じゃない」と息子は言います。

母親が最初にテツヤを見て「あなた誰ですか?」と聞きますね。
自分が息子であることに気づかなかった母親。あるいは、母親の中で自分は既に過去の存在になっている。それに絶望して消えていくのだ、というのが息子の解釈。

そして、娘はそれを推し進め、さらなる新解釈。
自分が伸也になりかわったところで、周りの人は結局それを伸也としか見ない。誰も自分を自分として見てくれる人はいない。それに気づいて絶望するのよ、と。

息子「成仏じゃない。ただ消えていくんだ」

なるほど。さもありなん。
もしかしたら絶望とかでもなく、子供たちの言うようなそれに気づいたことで、この世に存在できなくなってしまった。でもテツヤとしては、まだ母親の側にいたい。もっと話をしたい。いやだ消えたくない。待ってくれ。もう少しだけ待ってくれ!そんな感じだったのかも。最後は母親に手を伸ばしてたしね。苦しいのではなく、悲しかったんだ。
子供たちの解釈を聞いていて、そんなふうにも思えてきました。

実際、何度も何度も再演を続けてきてもなお、テツヤがああいう形で消えていくままなのは、脚本としてそこに何らかのこだわり、大切な何かがあるのでしょう。テツヤの身体から、本当に煙が噴き出すように見えたスモークの演出も、めちゃくちゃカッコ良かったし、やはりあと5回は観たいところです。
それにしても、我が子たちながら素晴らしい感性。さすがだ。(親馬鹿)



やばい。書くことが多すぎて終われない(汗)。
クローゼットから飛び出す、伸也の妄想に、度肝を抜かれたこと、とか。
階段に腰を下ろしたテツヤが、前で喋っている伸也の台詞にシンクロして、クチパクしてるのがお茶目だったこと、とか。
生命がつながる確率の低さと絶対数の多さについての、女教授の台詞に泣かされたこと、とか。
フェロモンについて家族内で話が盛り上がり、男性と女性の汗臭さの違いについて話題が暴走したこと、とか。
最終的に伸也が選ぶパートナーは誰か。誰なら彼と合うのか、とかとか。

話は尽きず。
茶店で一時間。娘をアパートまで送る道すがら、車の中で一時間半。晩ご飯に入った回転寿司屋でまた小一時間。延々とキューピーの話題で盛り上がるワタシたち家族でした。
その後自宅に着いたのは真夜中1時過ぎです。まあそこは最初から覚悟の上でしたけどね。



次回の公演は9月末。演目は未定。
その頃コロナがどうなっているかわかりませんが、また何とかしてみんなで観に行きたいと思っています。

皆さんはいかがでしたか。

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違和感 [今を生きる]

とあるサービスエリアの看板。
ん?って思って二度見、三度見。
四度見くらいしたかな。

IMG_8082.jpg

あちらの階段をお下がりください?
「お下がりください」って…。
日本語変じゃね?

「電車が来ますので黄色い線までお下がりください」
って感じで使うのが普通ですよね。
後ろに下がる、あとずさる、って意味で使うのが正しいんじゃないのかな。

「あちらの階段をお降りください」
で良いのでは?


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