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Vol.69 黒いスーツのサンタクロース 座キューピーマジック [座キューピーマジック]

先日、座キューピーマジック公演『Vol.69 黒いスーツのサンタクロース』を観に行ってきました。
何と今年は劇団創立30周年だそうで。
今はキューピーマジックプロデュースに変わってはいるものの、劇団『座☆キューピー・マジック』(おーっ、久しぶりに書く劇団正式名称!)の旗揚げから30年なんです。

ワタシは途中参入組なのであまり大きな顔はできませんが、それでも振り返ると1992年の『Vol.12 四人姉妹』からなので、かれこれ26年のお付き合いとなります。
ワタシをキューピーマジックに引き合わせた張本人であるカミサンは、当然ながらさらに古く、初観劇は劇団旗揚げ直後の1989年『Vol.4 最後のブラッディマリー』だったようです。すごいな。
だからカミサンは田窪一世の緑のタイツ姿や鶴屋紅子のヒラヒラなミニスカート姿を見たことがあって、今でも語り草になっております(笑)。

継続は力なり。
何事も続けることが一番大変なんですよね。
一言で30年と言いますが、1年1年、1公演1公演が血と汗と涙の結晶なわけです。
すごいことです。頭が下がります。

思えば、1998年。
ちょうどGoogleが検索サービスを開始した頃です。
それまではディレクトリ型サーチと言って、人的にサイトを登録した中から検索するという方式の、今となってはまとめサイト的レベルのサイト検索でした。
そんな中から、当時キューピーマジックの情報を探してみると、なかなか見当たらない。
確か、とある演劇サイトに劇評が1ヶ所見つかっただけでした。

なんで?
こんな素晴らしい劇団なんだから、もっと多くの人に教えてあげたい!
ないのなら作ればいい!

ということで、キューピーマジック応援サイトを立ち上げました。
厚かましくも劇団に直接電話をかけて画像の使用許可をもらったりして。
その頃のネット上はまだ著作権やら個人情報も緩かったので、かけた電話でその場で「どうぞ」と言われるという、今の時代では考えられない対応でした。
今のblog記事で1998年以前の記事はその時のサイトから転記したものです。

その後のキューピーには、何度か劇団解散の危機があったり、資金不足で幕があかない等々、紆余曲折を目の当たりにしてきたので、ワタシも他人ごとではありません。
プロバイダのサービス終了のため、サイトは2006年に閉じてしまいましたが、当時のサイト上で演目人気投票にご協力いただいた方々は、今はどうされているのでしょうね。
まだまだキューピー観劇を続けているのでしょうか。
引き続きこのblogをご覧になっててくれるとうれしいのですが。

そういや10年前、劇団創立20周年の時の演目『Vol.49 ライフ』の前置きでも同じようなことを書いてましたね。
いやはや。
歳を取ると同じ話を何度もするようになって困りますね。
昔話はこのへんにしときます。
以下、ネタバレあります。
ご注意ください。





くどいようですが、今回は30周年記念公演。
何としてでも行かなければと思い、春から大学生で一人暮らしの娘を誘って、家族そろっての観劇ツアーとなりました。
例によって楽日のマチネです。

実は最近になって身体の調子が悪く、もしかしてキューピーの禁断症状?とか思いながら、この日を楽しみにしてきました。
そのくせ、劇場に着いたときに「お祝い」を何も用意していなかったことに気づくという、如何に体調が悪かったとはいえ、ひどい失態をおかしてしまいました。後悔先に立たず…。
40周年の時は忘れずに何か(米俵とか酒樽とか?いや無理だから!)お祝いに持っていこうと思います。たぶん…。



『黒サンタ』…何回観たことでしょう。
一時期は年末には必ず『黒サンタ』をやってましたしね。
今回の客出しの時に紅子さんから「セリフ覚えてるでしょ」と言われたくらいです。
確かに、観てて「あっあのセリフなくなったんだ」と気付いたりはしました(笑)。
とは言え、どれだけ何度も観てて話の流れはわかっていたとしても、やはり泣かされますね、この演目。
今回は笑いのネタが少し減ったことで全体的にはシリアスさが増した感じだったのでなおさら泣けました。



「現代のお伽話」

今回観てて改めて感じました。
死神が出て来たり、時間を遡ったり。
物語的には新しいものはないのかもしれません。
それなのに何回も観るたびに思う、今の、現代の、お伽話、という感覚。

リライトを重ねているから、とも言えるのかもしれません。
でも、どうもそれだけではないような気がするのです。

やはり、キューピーマジックの目指しているリアルさ。
相手の台詞があって、自分の感情が動いて、それから自分の台詞がある。
この一連の「台詞のキャッチボール」が、知らず知らずのうちにリアルさを生み出し、まるで今そこで実際に起こっている出来事のような錯覚を受ける。
それが根底にあって「今の(現代の)お伽話」という感覚を与えるような気がします。

例えばですよ。
この演目を劇団Four seasonsや、Treasure mound歌劇団とかがやったとしたら、ネズミの国、あるいは魔法学校の国みたいな、単なるファンタジーで終わってしまうと思うんです。それが悪いとは言いませんし良い悪いでもないとも思いますが。
 ※個人の感想です(笑)。特定の個人または団体を誹謗中傷するものではありません。
ただその『黒サンタ』をキューピーマジックが演じると、本当に自分の横であった出来事に感じられる。それぞれの登場人物の感情が、凄くリアルに伝わってくるんですよね。登場人物が自分の身近にいるような?すぐそばにいる人の人生を覗き見ているような?

まぁ分析はそのくらいにしておいて…。
どうも理数系は理屈っぽくて困りますね。



今回特に思ったのは。
かなり台詞が整理されたせいか、主人公の由起子が最初に本番を前に失踪した時の心の内が、よりシンプルに強く伝わってきたということです。
具体的には、劇団員が楽屋で噂話をしていて「何があったんだろうね〜」と呟くシーンがとても印象的でした。

この演目を観た多くの人は、なぜ死神はそこまでして由起子に尽くすのか?と考えると思います。
実際ワタシも最初の頃はそこがわからず『黒サンタ』に良い印象を持てずにいました。
最初の頃の感想に「感動より可哀想で涙が出た」と書いたこともありました。

しかし何度も何度もこの演目を観るうちに、感じ方が少しずつ変わってきました。
前にも書きましたが、この死神は主人公が由起子でなくても、さらには男だったとしても同じことをしたような気がするんです。
由起子に情が移ったとか、愛してしまったから…そんな単純な話ではないのだと思います。

おそらく死神は、由起子と同じ「役者」として感情移入していたのではないでしょうか。
同じ志を持った者の先輩として由起子を見る目。
その目には、異性への恋愛感情というよりは、父親が娘を見るような、親の愛を感じてしまいます。
それは、ワタシが娘を持つ父親だからなのかもしれませんが。

当の娘は「シナリオが欲しい〜!」と言い。
息子は「噛めば噛むほど味が出る、スルメのような劇団だ〜!」と、みんなそれぞれ感動と興奮が収まらない帰り道となりました。

個々の登場人物についても、もっと深く掘り下げて書きたいです。
時間を遡った後の物語はどう進むのか、というところも考察したいのです。
が、長くなりました。今回はこのくらいにしておきます。
続きはまた次回の『黒サンタ』を観た時の感想文にしたいと思います。



そう言えば、その昔キューピーマジックは公演後に台本を販売してたんですよね。
台本だけでなくビデオなんかも販売してました。
家を探せば昔のシナリオとビデオがあるはず。
ちょっと探してみようかな?と思いつつ帰路についたワタシでした。

体調はまだまだイマイチですが、心の洗濯はできた気がします。
皆さんはいかがでしたか。

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