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愛車遍歴2 [車]

さて愛車遍歴の2回目、お次の車です。
これもまたワタシの所有車ではありません。

前回教習所の話をしましたが、その後、免許を取ってから初めて公道で乗り始めた車。それは姉の車でした。いきなり最初から自分の車が買えるほど裕福ではありませんものね。そもそもウチの両親は自動車免許を持っていませんでしたから、姉が中古で購入した車を、姉弟二人で共有して乗っていました。

その車は、日産バイオレットJ710型4ドアセダン。
セダンなのにリアがクーペっぽくて面白い形をしていましたね。

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画像はお借りしました


今改めて見ると結構良いじゃんね。写真はグレードが1400デラックスですが、ウチのは1400スタンダードだったと思います。またボディカラーはクリーム色とか肌色みたいな色だったような気が。それなのに車名がバイオレットで、ちょっと変な感じでした。
ただ、VIOLETって音(おん)や字面は好きでしたね。色の名前なんて、ちょっとオシャレな感じで。そういや色の名前がついた車って他にあったんだろうか?

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画像はお借りしました


免許を取ってから東京に出るまで数カ月。そして、上京してからも何回か借りて東京で乗ってたことがあります。思えばその間、姉はどうしていたんだろう。弟のために車なしで我慢してたとか?ありがたいことです。
ワタシ的には特にこだわりとか思い入れとかもなく。とりあえず必要があった時に乗っていたという感じです。だからこれといって記憶に残るエピソードもありませんね。ただ、メータパネル左側に丸く配置された警告灯だけはうっすら覚えています。

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画像はお借りしました


当時はまだ高速道路が新潟までつながってなくて。そもそも関越トンネルがまだ工事中でした。練馬ICから乗って前橋ICで降りて、そこから先は国道17号線をひたすら北上。三国峠のトンネルを抜けて新潟県に入るような状況でした。
まさしく「国境の長いトンネルを抜けるとそこは雪国だった」。その暗く長いトンネルが眠くなるんです。何度事故りそうになったことか(汗)。

当時は携帯もなかったので、帰省で家に帰る時などは、出発したら連絡なんか取れないんですよ。いや、車停めて公衆電話という方法もあるにはあるけど、そこまでするのは面倒くさい。だから実家のほうでは何時に到着するのかなんてわからない。不便でしたけどそれが普通でした。
一度、年末に帰省する際、三国峠が雪で大変な渋滞になり、自宅に着くまでまるまる24時間かかった時もありましたっけ。よくガス欠にならなかったな〜。現在だって雪の中でエンジン止まったら命にかかわりますからね。今考えると本当にヤバかったかも。でもそういう時代でしたね。


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